主催事業

講演会開催レポート

公益財団法人アサヒグループ学術振興財団主催講演
健康で豊かな食生活を考えるヒント

公益財団法人アサヒグループ学術振興財団(所在地 東京都墨田区 代表理事 加賀美昇)は、2017年9月19日(火)、アサヒグループ本社ビル(東京都墨田区1-23-1)にて生活文化、生活科学に関する講演会を開催しました。

当日は200名の参加者にお越しいただきました。講師として、福留奈美(ふくとめ なみ)氏(2014年度「生活文化部門」助成)、好田正(よしだ ただし)氏(2015年度「生活科学部門」助成)の2名の先生をお招きし、「健康で豊かな食生活を考えるヒント」のテーマのもと、食文化、食品のもつ興味尽きない話題について参加者の皆様と理解を深めました。

  • 講演会会場

講師プロフィール

福留 奈美 氏
[お茶の水女子大学 基幹研究院 研究員]
福留 奈美
お茶の水女子大学大学院後期博士課程修了。博士(学術)
家政学/生活科学部で食物学・調理学を専攻。食材の製法、選択、調理・加工、食べ方、嗜好要因などを含む調理文化を主な研究対象とし、食材・調味料の利用法の国際比較研究、調理用語や感覚表現など言葉の研究にも取り組む。また、テイスティングとレクチャーを組み合わせたワークショップを日本の食文化を題材に企画し、大学の英語サマープログラムや国内外の研究会などで実践する。(一社)和食文化国民会議 調査・研究部会幹事、(一社)日本調理科学会「次世代に伝え継ぐ日本の家庭料理」50周年記念出版委員会委員、国際NPO法人スローフード会員。
好田 正 氏
[東京農工大学大学院 農学研究院応用生命化学部門 准教授]
好田 正
1994年、東京大学農芸化学科卒業。1996年、同大学院修士課程修了。
1998年、同博士課程を中退して東京農工大学に助手として着任。2012年に同准教授となり現在に至る。
その間、2003年に学位取得、博士(農学)。大学在籍時に食品の持つ免疫調節機能の大きな可能性に魅せられ、それ以来20年以上にわたってその活用法について研究を続けている。
【主な著書】『食品とからだ—免疫・アレルギーのしくみ—』(共著,朝倉書店)、『食品免疫・アレルギーの辞典』(共著,朝倉書店)、『機能性食品の作用と安全性百科』(共著,丸善)ほか。

講演

福留 奈美 氏
生活文化をとらえる視点 − ユズと醤油を通して見る、アジアの中の日本 −

【食文化の多様性 何が同じで何が違うのか】
 生活は衣食住環境の中で営まれ、地域や国ごとにさまざまな文化の様相を示します。食べること全てに関わる生活様式、すなわち、どのように食べ物を調達し、おいしく調え、いつ、どこで、どのような食べ方をするのか、それが食文化の違いとしてあらわれてきます。人類は、地域でとれる様々な食材をいかにおいしく食べるかに苦心し、工夫を重ねてきました。その知恵と知識、技術の積み重ねが、調理文化として見えてくるものです。
 おいしさの評価は、5つの感覚器官(視覚・嗅覚・味覚・触覚・聴覚)でとらえる食べ物の見た目、匂い・香り、味、食感、温度、食べた時の咀嚼音等によって決まります。とくに味と香りは重要で、どのような調味料を使うのか、また香りの要素としてどのようなハーブ・スパイスを使うのかは、国ごと、地域ごとの食文化を特徴づける大きな要素といえるでしょう。今回はその例として、ユズと醤油を取り上げました。

 日本は、欧米諸国から見ればアジアの国のひとつとして、ひとくくりに見られます。日本からみてヨーロッパの国々の細かな違いがよくわからないのと同じです。アジア諸国は、アジアモンスーン地帯に位置し、気候・風土、植生等似ている点が数多くあります。しかし日本は、中国とも韓国とも、また南アジアの国々とも、食べているもの、生活の仕方、生活文化の在り様は大きく違います。「何が同じで何が違うのか?」詳細に見ていくことで、小さな違いが独自性として浮彫になります。

 生活文化にある事象、物事をとらえるには、時間軸と空間軸の両軸に照らして考えることが重要です。生活様式の成り立ち、食べ物や食生活の在り様には、歴史的な背景があります。どの時代の、どこの、どんな人の生活にあるものなのか、時と場所を特定して地域特性としてみていくことが多くあります。このとき「地域」をどのような範囲で設定するのか。何に焦点化しているのか、自らの視点を意識することが大切になります。

【研究事例 ユズ、醤油】
 まず、ひとつめの研究事例であるユズについてです。私は、ユズの産地として知られる高知県出身で、子どもの頃からユズの香りと爽やかな酸味に慣れ親しんで育ちました。大人になって日本料理について学ぶと、ユズは日本の香りとして、煮物や吸物に独特の季節感と風味を与える重要な食材であることがわかりました。
 ヨーロッパでは、日仏の料理人たちの交流を通してユズは「日本の香り」として紹介され、ユズは日本の果物だと認識されています。一方、韓国では日本の約6割の生産量があり、韓国の甘いゆず茶は中国で大変な人気があり、近年輸出量が急増しています。中国では、ユズは韓国の果物だというイメージが広がっていると考えられます。

 ユズの木は自分と同じ遺伝子を持つ種(たね)で増える、いわばクローンを作り続ける植物です。日本のユズも韓国のユズも遺伝的には極めて近い同種のものですから、その使い方、食べ方に食文化の違いが出ます。果たしてどんな違いがあるのか、まず、伝統的な使い方から調べてみました。
日本では江戸時代の料理書『柚珍秘密箱』(1785)に数多くの調理法が記されています。その中でも特有の利用法として、丸柚餅子、青柚子と黄柚子の使い分け、果皮を生と加熱の両方で多様に活用することがあげられます。一方、韓国の伝統的な料理・菓子の中では、ユジャファチェ(甘い飲み物)だけは生の果皮利用をしますが、その他はすべてユジャチョン(ユズ果皮の砂糖漬け)を作ってから、それを利用しての菓子が中心でした。

 次に、現代になってからのユズ生産量をみてみると、日韓でユズ栽培が盛んになったのはこの30-40年間のことで、商品作物としての本格的な利用は比較的新しい時代になってからのことです。大規模生産の利用面をみるために、日本のユズ生産の半分を占める高知県の古くからの産地である北川村と、韓国の最大のユズ生産地である高興(コフン)郡を訪ねました。生産・加工を担う農協工場の加工ラインを比較したところ、利用法の違いは明らかなもので、韓国は果皮を利用するユジャチョンが主製品で果汁は副産物、日本は果汁が主製品で果皮は副産物という扱いで、利用価値のある部位が全く逆でした。
 このような利用法の違いが生じた背景としては、ひとつの考察にすぎませんが、韓国にはテンジャ(カラタチ)や生姜等の砂糖漬け、薬菓(ヤックァ)をはじめとする蜜漬けの伝統菓子があり、中国からの蜜漬け、砂糖漬けの文化がユズ利用にも影響しているのに対し、日本においてユズ果汁の利用が盛んであるのは、スダチやカボス、ダイダイ等、酸味が強く香りを楽しむ「香酸カンキツ」に慣れ親しんできたからだと考えられます。

 以上のような伝統的なユズの利用が受け継がれる一方で、2013年時点の新しい動きとして、韓国ではユズ果汁の利活用が、日本では国産ゆず茶の生産・利用が盛んになる兆しがありました。韓流ブームを追い風として異文化交流が進む中、食文化情報がやりとりされ相互に影響しあった結果だと考えられます。本調査研究は、空間的制約により生じた伝統的食文化が異文化接触により時間の経過とともに変化する、まさに「いま」の記録として貴重なものになると考えています。時代によって人々が求める食べ物の在り方が変化する例は、ユズに限ったことではなく、ふたつめの事例の醤油についてもいえることです。

 日本の料理の味を特徴づける調味料として味噌と醤油は欠かせないものです。中国から伝わった醬(ひしお)を起源としますが、日本の味噌と醤油は、麹(こうじ)によって作る独自の製法で発展しました。歴史的には味噌の方が古いのですが、江戸時代後期に千葉県の銚子・野田で濃口醤油造りが盛んになり、醤油味の料理が一般化しました。昭和初期の全国の家庭料理のレシピ分析で、調味料の中で醤油がもっともよく使われていることからも汎用性の高さがわかります。
 一方、醬(ひしお)のルーツである中国にも、また中国からの影響を受けた国々、たとえば韓国、タイ、ベトナム、インドネシア等にも独特のソイソースが存在します。そうしたアジアのソイソースに対して、日本の醤油の独自性を何で主張するかと言えば、コウジカビによる麹の利用があるでしょう。対比させる韓国のカンジャンでは、メジュと呼ばれる大豆だけを発酵させたものを塩水に浸して甕に仕込みます。微生物の違いだけでなく、日本が木桶仕込みであるのに対し、韓国は陶器の甕仕込みである点も食文化的に大きな違いとして注目されます。

 さて、その他のアジアの国々のソイソースに目を向けると、例えば、インドネシアのケチャップマニスは、椰子糖をたっぷり使った独特のトロミと強烈な甘さが特徴です。目玉焼きごはんにたっぷりかけるのが朝ごはんの定番だそうで、タイ、フィリピンで定番とされるシーズニングソースをかけると別の料理になってしまいます。まさに調味料が「その国の味」を作っている一例です。
 日本国内の醤油をみてみると、九州の醤油は甘いと言われますが、九州以外にも甘口醤油があります。たとえば、高知県西部の四万十川流域以西では、甘い醤油が地域に根づいており、九州同心円内に含まれる物流の影響があると考えられます。都道府県別では説明しきれないこと、江戸時代の藩領や物流・商圏でみるほうが食文化圏としてとらえやすいことがよくあります。また、醤油についても、時間軸によっての変遷があり、過去から現在、そして未来に続く食文化のどこを切り取ってとらえようとするのか、常に自分の視点を意識する必要があるでしょう。

【「いま」を記録する】
 生活文化は、異文化との接触により常に変化していきます。グローバル社会が世界規模で広がる今日、生活の中にある文化的要素をどうとらえ記録していくのか。過去から今に続く軌跡に目をむけつつ、50年後、100年後に振り返ったときの「いま」の記録を残す研究を、今後も続けていきたいと考えています。

好田 正 氏
食品のちからを科学する − 食品が持つ無限の可能性 −

【食品の機能の多面性 プラスの影響、マイナスの影響】
 食品は私達のからだを作るための栄養やエネルギー源としてだけでなく、体調を整えて健康を維持するための様々な機能を持っていることが明らかになってきました。その中でも、免疫系に働きかけて活性化したりバランスを整えたりする働き、すなわち免疫調節機能についての研究が近年精力的に行われています。

 免疫系は感染症や毒素などの外敵から私達のからだを守るために欠かすことの出来ないしくみであり、バランスの崩れにより様々な疾病の原因となることが分かっているため、その働きに食品がどのような影響を与えているかを知ることは極めて重要な課題です。私達のグループでは、食品の免疫調節機能を有効に利用することで健康なからだを作ることを目指して研究をしています。

 一方で、時として食品は私達の健康にマイナスの影響を与えることもあります。食品アレルギーは食品の持つ望まれない影響の代表例です。アレルギーは免疫系のバランスが破綻することにより発症する疾患であり、そのメカニズムに関して多くの研究がなされ細胞や分子のレベルで明らかになってきました。

【食品アレルギー予防に向けて】
 食品がアレルギーを引き起こすメカニズムについては未だ未解明な点も多く残されています。食品は私達にとって自分自身ではない異物(非自己)であるにも関わらず私達の体内に日々大量に取り込まれているため、本来免疫系のターゲットになりやすいと考えられます。しかしながら、実際には食品に対する免疫応答は極めて弱いレベルに抑えられていることが知られています。この現象は経口免疫寛容と呼ばれ、食品に対する不必要な免疫応答を防ぐ役割を持っていると考えられており、食品アレルギーの患者ではこの経口免疫寛容がうまく働かなくなっていることが発症の原因になっているのではないかと考えられてきました。
 
 そこで近年、食品アレルギーの新たな治療法として患者に食品アレルギーの原因物質(アレルゲン)を敢えて食べさせることにより経口免疫寛容を改めて誘導し直そうとする治療法である経口減感作療法に注目が集まっています。
 しかしながら、現状では必ずしも期待通りの治療成績が達成出来ているとは言えず、その理由も明らかではありません。
 私達は食品アレルギーモデルマウスを用いた研究を通じて得られた知見を踏まえて、経口免疫寛容を応用した食品アレルギーの効果的な予防法についての研究を実施しています。現在は特に、アレルゲンの分解物を用いたアレルギー予防食品の実用化に向けた研究に力を入れています。また、経口免疫寛容の誘導を促進する働きをもつ食品因子の探索にも取り組んでいます。

【慢性炎症の抑制と健康】
 経口免疫寛容の誘導を促進した食品由来因子の一つに乳酸菌があります。乳酸菌がこのような機能を発揮する要因のひとつとして、制御性T細胞(Treg細胞)を誘導する働きを持っていた可能性が考えられます。Treg細胞とは、過剰な免疫応答を抑えることで免疫系のバランスを整える働きを持つT細胞の一種であり、経口免疫寛容の誘導に関与していることが知られています。また、アレルギーを防ぐ役割も担っていると考えられています。

 私達のその後の研究で、実際に乳酸菌がTreg細胞を誘導することが確かめられました。さらに、私達は乳酸菌だけでなくお茶やコーヒー、ハーブティーの一種であるハニーブッシュもTreg細胞を誘導する活性を有していることを明らかにしました。

 Treg細胞は過剰な免疫応答を抑制する働きを持つT細胞であるため、経口免疫寛容の誘導やアレルギーの抑制だけでなく生体内で起こる種々の不必要な炎症反応を抑える役割も果たしています。そのため、Treg細胞を誘導する活性を持つ食品因子は炎症に起因する疾患、特に、慢性的な弱い炎症が原因となって発症すると考えられている疾患の代表例である生活習慣病の予防にも効果を発揮することが期待できます。

 乳酸菌がTreg細胞を誘導するメカニズムは明らかではありません。今後分子レベルでの検証が必要です。その他の食品因子がTreg細胞を誘導するメカニズムについても今後の検討課題です。

【超高齢社会を迎えて】
 食品は免疫系を介して私達の健康に大きな影響を与えています。しかも、限られた特別な食品だけが機能を持っているわけではなく、想像以上に多くの食品が免疫調節機能を持っていることが明らかになってきました。日常の食事を介して健康なからだを作っていくにあたり、バラエティーに富んだ食品を取り入れていくことが出来れば私達の生活が豊かになります。これからも、より多くの食品の潜在的な機能と作用メカニズムを明らかにして有効かつ安全に利用していくことが、超高齢社会を迎えている我が国にとって健康長寿の達成に向けた重要な方策となると期待しています。

参考資料

福留氏、好田氏に対する当財団の学術研究助成の研究結果報告は、次の「研究紀要」からご覧いただけます。

研究紀要
http://www.asahigroup-foundation.com/academic/support/report.html
  • 福留氏:2014年度 生活文化部門
  • 好田氏:2015年度 生活科学部門

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