主催事業

講演会開催レポート

公益財団法人アサヒグループ学術振興財団主催講演
持続可能な農業と地元経済を考える

公益財団法人アサヒグループ学術振興財団(所在地 東京都墨田区 代表理事 加賀美昇)は、2018年9月4日(火)、アサヒグループ本社ビル(東京都墨田区1-23-1)にて地球環境科学、サスティナブル社会・経済学に関する講演会を開催しました。

当日は台風の影響で不安定な天気の中、200名の参加者にお越しいただきました。講師として、加藤孝太郎(かとう こうたろう)氏(2013年度、2014年度、2016年度「地球環境科学部門」助成)、枝廣淳子(えだひろ じゅんこ)氏(2016年度、2017年度「サスティナブル社会・経済学部門」助成)の2名の先生をお招きし、「持続可能な農業と地元経済を考える」のテーマのもと、農業と地元経済という視点から、持続可能な未来を考えるヒントを感じとっていただきました。

  • 講演会会場

講師プロフィール

加藤 孝太郎 氏
[公益財団法人 農業・環境・健康研究所研究科長]
加藤 孝太郎 氏
東京農工大学大学院連合農学研究科博士課程修了。博士(農学)。
幼少時より父親が有機農法で野菜を作っていたことから、有機農法に関する研究に興味をもつようになった。現在、公益財団法人農業・環境・健康研究所研究科長として、有機農法の土壌や堆肥の評価、ヒトの腸内細菌の研究などを進めている。
枝廣 淳子 氏
[大学院大学至善館教授、幸せ経済社会研究所所長]
枝廣 淳子 氏
東京大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。
『不都合な真実』(アル・ゴア氏著)の著書翻訳をはじめ、環境・エネルギー問題に関する講演、執筆、CSRコンサルティングや異業種勉強会等の活動を通じて、地球環境の現状や国内外の動き、新しい経済や社会のあり方、幸福度、レジリエンス(しなやかな強さ)を高めるための考え方や事例を伝え、変化の担い手を育む。
現在は島根県隠岐諸島の海士町や熊本県の水増集落、北海道の下川町等、意志ある未来を描く地域のプロジェクトにアドバイザーとしてかかわり、「つながり」と「対話」でしなやかに強く、幸せな未来の共創をめざす。 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 街づくり・持続可能性委員会委員。 主な著訳書に『「定常経済」は可能だ!』『レジリエンスとは何か-何があっても折れないこころ、暮らし、地域、社会をつくる』など多数。

講演

加藤 孝太郎 氏
有機農法と環境と健康のはなし ~これからの食糧生産にとって大切な視点

 「農業」と「健康」は関連しているという事は皆さん感じるところだと思います。両者をつなぐキーワードのひとつに「環境」があります。有機農法はこの「環境」を健全に維持するための一つの選択肢であり、地球とヒトの「健康」の両方に深く関係しているという話をさせていただきます。

【有機農法と温室効果ガス】
 今年の夏の気象は、特に例年とは違っていました。この異常気象の原因は、「地球温暖化」による可能性があると言われていることは皆さんよく耳にすることでしょう。地球温暖化が進むと、海面上昇、生態系の攪乱、サンゴ礁の減少、農産物の品質低下、伝染病の拡大なども発生すると考えられています。温暖化による地球環境の悪化は、農業にもヒトの健康にも悪影響を及ぼすわけです。
 地球温暖化の原因は、温室効果ガス濃度の上昇が大きいと考えられています。実は、農業も温室効果ガスの排出が多い産業のひとつだと言うと驚く方も多いのではないでしょうか。現在、温室効果ガスの中でとくに問題であるのは、二酸化炭素、一酸化二窒素、メタンの3つですが、農業分野で排出量の削減が求められているものは、一酸化二窒素とメタンです。一酸化二窒素は世界全体の排出量の約4割が農業分野に由来しており、その多くは、肥料の施用によると考えられています。また、世界全体から排出されるメタンの約7割が農業分野に由来しており、それらは主に、反すう家畜の消化器官や水田から排出されています。この一酸化二窒素とメタンの排出をいかに減らすかが、農業分野に求められている課題です。そうなると当然、有機農法から排出される温室効果ガスについても把握する必要が出てくるわけです。そこで、有機農法の畑を対象に、これらのガスについて調査しました。
 有機農法のモデル(有機モデル)として、一つは完熟した牛ふん堆肥を施用した処理区と、もう一つは完熟した草質堆肥を施用した処理区の2種類を、さらに慣行農法のモデル(慣行モデル)として、化成肥料を施用した処理区を1種類設け、それぞれキャベツを栽培しました。調査の結果、一酸化二窒素の排出量は、有機モデルの方が慣行モデルより有意に少なかったです。またメタンについては、水田のような嫌気的な環境からは排出されますが、畑のような好気的な環境では逆に吸収されます。処理区はキャベツの畑ですのでメタンは吸収され、その吸収量は、完熟堆肥を使った有機モデルの方が有意に多かったです。
 温室効果ガスは、土壌中の微生物の働きによって排出・吸収されます。そこで、上述のモデル土壌中で温室効果ガスの排出や吸収に関わっていると考えられる細菌の多様性を調べてみました。一酸化二窒素については、有機モデルでは多くの細菌が関与しているものの排出量が少なく、慣行モデルでは細菌の種類が限られているものの排出量が多かったこと、また、メタンについては、草質堆肥を施用した有機モデルでは、多くの細菌の関与によって多くのメタンが吸収されていたことが示唆されました。すなわち、有機農法と慣行農法では、土壌中の細菌群集に違いが生じたことで、温室効果ガスの排出や吸収が異なっていたと言えます。
 以前おこなった研究でも、有機農法の畑は慣行農法の畑より土壌微生物の多様性が高くなり、同時に農作物にとっての善玉菌の密度も上昇することを見いだしています。これらのことから、有機農法は、地球に対しても、農作物に対しても良い土壌環境を提供するポテンシャルを持っていると考えられました。

【有機農法と健康】
 ヒトが健康を維持するための要素として、「栄養バランスのとれた食事」、「適度な運動」、「十分な休養(睡眠)」の3つが定義されています。
 『疫学の祖』といわれるヒポクラテスは「食べ物のことを知らないと、ヒトの病気について理解できない」という旨の言葉を残しており、わが国においても「身土不二」「四里四方に病なし」といった伝承が残されています。これらの言葉は、ヒトがその土地の気候風土に適応し、健康を維持していくためには、その土地で育った農産物を食べることが重要であることを先人たちは気づいていたことの証だと思います。昔から、食はヒトの健康にとって重要であることは変わらないわけです。

 有機農法と慣行農法の農産物を比較すると、フラボノイドやカロテノイドのような抗酸化活性を持つ成分の含量は、有機農産物の方が多い傾向にあることが報告されています。これらの成分は、心血管疾患のリスク低下や免疫作用の活性化などに効果があるといわれています。一方、慣行農産物は、タンパク質やカドミウムなどの含量が多い傾向にあるようです。タンパク質が多くなると農作物の日持ちが悪くなり、カドミウムは心血管疾患のリスクを高めるという報告もあります。
 では、有機農産物を食べ続けるとどのような変化が起こるのでしょうか。スウェーデンのある家族に食事の材料を2週間有機食品に変えてもらったところ、子供たちの尿の中に含まれる 殺虫剤、殺菌剤、植物成長調整剤などの化学化合物が減少ないしは検出されなくなったそうです。このほかにも有機農産物を食べている母親と慣行農産物を食べている母親の母乳中の脂肪酸の成分が異なることや、有機乳製品を食べている子供の方がアトピー性皮膚炎の症状が軽いことなどの報告もあります。
 近年、腸内フローラはヒトの健康に大きな影響を及ぼしていることが知られてきました。そこで、有機農法の農産物と慣行農法の農産物を食べているヒトの腸内フローラを調べてみたところ、両者に違いのある可能性を見いだしました。
 ヒトは養分を吸収する腸に有用な微生物が棲息することで健康が維持されるように、農作物も養分を吸収する根に有用な微生物が棲息すると健全に生育します。ヒトの腸は内向きで、農作物の根は外向きですが、両者の間には類似性があるのです。さらに、農作物は作っておしまいではなく、それをヒトが食べることで完結します。農作物が土壌から吸収し、代謝した成分を、ヒトは腸で吸収し、代謝することから、「農作物の健康」と「ヒトの健康」の鍵をにぎっている「土壌環境」と「腸内環境」とはつながっていると言えます。したがって、ヒトの健康を守るには、土壌環境を守る必要があるといっても過言ではないと思います。

【おわりに】
 本日の講演では、有機農法には地球温暖化を抑止するポテンシャルがあること、有機農産物を食べることで腸内フローラが変わる可能性があることの研究について紹介しました。ヒトの健康を維持するためには腸内環境を整えることがポイントになるように、健全な農作物を栽培し、地球温暖化を抑止するためには土壌環境を整えることが重要になります。有機農法は、その両方にプラスの効果を与えることが期待されます。土壌環境を整えて地球環境も良くする有機農法が今以上に普及し、そのような有機農法で栽培された農産物を食べてヒトも健康になっていくという連鎖が拡がっていくといいなと考えています。
 皆様も、本日の聴講を機に、有機農法やその農産物に今まで以上に興味を持っていただけると幸いです。

講演資料はこちら
枝廣 淳子 氏
未来は地域にある! ~持続可能で幸せな地元経済を創る

【講演趣旨】
 悪化の一途をたどる地球温暖化、生物多様性の危機。そして、人口減少と高齢化の進む日本で、私たちはどのように「持続可能で幸せな社会」をつくっていけるのでしょうか? どのような経済をめざせばよいのでしょうか? 「地域経済」と「定常経済」(活発な経済活動が営まれるが、地球への負荷は持続可能な範囲内で一定である経済)がその大きな鍵を握っています。内外のわくわくする事例を織り交ぜながら、地元から持続可能で幸せな経済をつくっていくための考え方をご紹介します。

【概要】
2017年9月5日、京都大学と日立製作所が重要なプレスリリースを発表しました。少子高齢化や人口減少、産業構造の変化などが進む中で、どのように人々の暮らしや地域の持続可能性を保っていくことができるか? それを考えるためのシナリオ分析に、AI(人工知能)を活用した研究結果です。
研究では、AIを用いたシミュレーションによって描かれた2052 年までの約2万通りの未来シナリオを分類した結果、「都市集中シナリオ」と「地方分散シナリオ」で傾向が2分されたため、それぞれの社会が「持続的か、破局的か」、その分岐の時期はいつかを解析しました。その結果は、都市に住む人々にとっても、地方に住む人々にとっても、政府や自治体にとっても、ショッキングな問題提起を突きつけるものとなりました。
「都市集中シナリオ」では、主に都市の企業が主導する技術革新によって、人口の都市への一極集中が進行し、地方は衰退、出生率の低下と格差の拡大がさらに進行し、個人の健康寿命や幸福感は低下するというもの。「地方分散シナリオ」は、地方へ人口分散が起こり、出生率が持ち直して格差が縮小し、個人の健康寿命や幸福感も増大するというもので、持続可能性という視点からより望ましいとされます。
解析の結果、「今から8~10 年後に、都市集中シナリオと地方分散シナリオとの分岐が発生し、以降は両シナリオが再び交わることはない」ことが明らかになりました。
そして、望ましいとされる地方分散シナリオは、「地域内の経済循環が十分に機能しないと財政あるいは環境が極度に悪化し、やがて持続不能となる可能性がある。これらの持続不能シナリオへの分岐は17~20 年後までに発生する。持続可能シナリオへ誘導するには、地方税収、地域内エネルギー自給率、地方雇用などについて経済循環を高める政策を継続的に実行する必要がある」というのです。
「いずれ、変化は必要だ」と多くの人が考えているでしょう。しかし、わずか10 年足らずのうちに分岐点がやってくる。そのまえに、大きく地方分散シナリオに転換しなくてはならない、しかも、地域内の経済循環をしっかり回せるようにしておかないと、地方分散シナリオすらも持続不可能になってしまう――地域経済を「いま!」取り戻さなくては、創りなおさなくてはならないのです。
各地の地域が、それぞれ地元の経済をきちんと回し、お金や雇用を外部に依存する割合を低減しておくことは、次なる金融危機やエネルギー危機、顕在化する温暖化の影響(地球の裏側での被害もグローバル経済をたどって、地方にも大きな影響を及ぼす時代です)などに対する「しなやかに立ち直る力」(レジリエンス)を高める上でも、大きな鍵を握っています。
そして、「地域経済を取り戻す!」ための考え方やツールはすでに存在しています。地元経済の現状を「見える化」し、地域経済の漏れ穴をふさぐ取り組みを重ねていくことで、地元の経済を創りなおしていくことができます。いくつもの取り組みが生まれ、成果を挙げ始めています。
地域経済を考える上では、ひじょうにわかりやすく、だれであっても直感的に理解できる「漏れバケツ」モデルが役に立ちます。せっかく地域に引っ張ってきたお金が、地域からすぐに漏れ出てしまっているのか、それとも、地域内を循環しているのかを問う必要があります。そのためには、地域経済の漏れの度合いを知ることが必要です。産業連関表を用いて「波及効果」を調べる方法、「域際収支」を調べる方法、「地域経済分析システム」を活用する方法などがあります。
また、地域全体でなくても、企業や自治体などの組織を対象に、地域内乗数効果を計算する方法もありますし、消費者向けの買い物調査で家計のお金が地域内にとどまっているのか、流出しているのかを知ることができます。
こうして、漏れている場所とその大きさがわかれば、「漏れ」穴をふさぐ取り組みを進めることができます。キーワードは、「地産地消」から「地消地産」へ。地域で消費しているものを地域で生産しよう、という考え方です。わかりやすく、また取り組みやすいのは「食」です。日本の地域でも学校給食から変えていこうという取り組みが広がっています。離島である海士町はリネンのクリーニングという「漏れ」の大きさを計算し、実際にふさぐ取り組みを進めています。
また、「漏れ」穴をふさぐ新しい資本主義の形も生まれています。地元の「投資が必要な事業」と「地元に投資したい人」を結びつけるローカル・インベストメント、スロー・マネー運動などがあります。また、日本の地方では住民出資によって地域に必要なガソリンスタンドや食料品店を守るといった取り組みも増えています。
北海道の下川町は、「50 歳から住みたい地方ランキング全国1位」になったほか、第1回ジャパンSDGs アワード総理大臣賞を受賞し、SDGs 未来都市に選定されるなど、全国からそのまちづくりに注目が集まっている町です。下川町では、町の産業連関表を作成し、町の経済規模と域際収支、「漏れ穴」とその大きさを把握しました。そのデータを元に、地元資源を活用したエネルギー自給の町への取り組みを進めています。私自身、下川町のまちづくりのプロセス設計とファシリテータとしてお手伝いをしてきましたので、下川町の「循環する経済」をベースとしたまちづくりの実際をご紹介したいと思います。

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アンケートより

  • 農業の話、まさに人の腸と土は同じで腸内環境/土壌環境を良くしていくことは重要だと考えていたので良かった。
  • 「地域のお金を地域で使う」ことが地域経済向上のポイントになることが良くわかりました。
  • 「レジリエンス」についての話はとても興味深かった。
  • 食べるもので自分の体が出来ているので、より良いものを口に入れたい。土壌と腸内環境がイコールになることに納得できました。
  • 関心のある内容で説明も詳しく参考になった。それぞれ実行されていることで説得力もある。
  • 有機農法について多面的に観察してかなり判りやすい話しで良かった。
  • サスティナブルな地域の発展を目指す良いヒントになると思いました。
  • 地方創生の方向性について理解できた。

参考資料

加藤氏、枝廣氏に対する当財団の学術研究助成の研究結果報告は、次の「研究紀要」からご覧いただけます。

研究紀要
http://www.asahigroup-foundation.com/academic/support/report.html
  • 加藤氏:2013年度、2014年度、2016年度 地球環境部門
  • 枝廣氏:2016年度 サスティナブル社会・経済学部門

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